理論を駆使して現実の諸問題を鮮やかに解決する
-数学・情報科学・数理工学の威力-
- 最適化理論,アルゴリズム,グラフ・ネットワーク理論,離散数学,計算量理論,確率論,統計物理,オペレーションズ・リサーチ,情報通信ネットワークが主要なキーワード
- 「理論から開発まで」 がモットー.理論も新たに構築する,「使える理論」を見せていく.システムも開発する,動くものを作って世に見せていく.
劣通信環境下における通信技術DTN(Delay- Disruption- and Disconnect Tolerant Networking)に関する研究
東日本大震災や阪神淡路大震災をはじめ,近年の相次ぐ災害を通して,災害時の迅速な状況把握・情報共有・適切な避難誘導の必要性が認識され,それら の基盤となる災害時の情報流通に目が向けられている.通常時には高速な通信ネットワーク環境を享受できたとしても,大規模災害時にはそれら通信インフラが 損傷を受けて通信は断絶し,災害直後こそ情報流通が最も必要であるにも関わらず,人々は孤立した状態に置かれてしまう.このような状況における現実的な情 報流通手段の確立は必要不可欠である. 劣悪な通信環境(劣通信環境)にも関わらず情報流通手段が必要な状況は災害時だけではない.地震観測・津波検知・気象観測・農作物生育状況調査などにおい て,センサによる環境モニタリングが実用化されつつあり,災害予測や生産性向上などへ多大な効果が期待されている.しかし,現在はまだセンサからの情報収 集は主に有線ケーブルであるため,膨大なコストが壁となり導入が進まないという問題がある. これらに代表されるような,既存の通信技術が暗黙のうちに仮定していた前提が適用できない劣通信環境における通信は,DTN (Delay- and Disruption-Tolerant Networking) と呼ばれ,近年世界的に研究開発が行われている. 研究室では,DTNに関する研究開発を行っている.特に,DTNを実現するための核となる技術である蓄積搬送型通信を扱っている.蓄積搬送型通信とは, ノードが情報を蓄積しながら移動し,ノード同士が近接した際に近距離通信機能によって情報転送を繰り返す通信方法である.ノードとして携帯端末を持つ人を 考えれば,近距離通信機能として既に一般的なBluetooth通信を利用することで,比較的容易に実用化できるというメリットがある.しかし,単純にこ れを用いるだけでは,目的ノードへの到達可能性も小さく,高い性能を得ることが困難という問題がある.そこで研究室では,蓄積搬送型通信の制御方法の高度 化と,それらの制御方式に基づいた避難誘導システムを開発することを目標として研究開発を行っている.このように,理論と実用化を同時に進めることによ り,学術的にも社会的にも有用な,劣通信環境における情報流通技術を確立することが目的である.
蓄積搬送型通信に関する研究
- 蓄積搬送型通信の性能限界の解明
- 蓄積搬送型通信の効率化
「1. 蓄積搬送型通信の性能限界の解明」は,ノードの移動特性に応じた蓄積搬送型通信の性能を理論的に解明す ることが目的である.これにより,実現可能な性能目標値と到達度がクリアにできる.これまでに,ノードがランダムウォークする仮定の下で蓄積搬送型通信が 行われた場合について,ノード数や領域形状と情報伝達時間の関係性を明らかにしてきた.実際には人や車がノードであることが多いため,そのウォークの性質 を利用して効率化可能であるが,それができない最悪の状況での性能を調べることで,蓄積搬送型通信で実現可能な性能の限界を明らかにできる.その結果,こ れまでに,すべてのノードが情報を共有するまでの時間分布が漸近的にべき乗則にしたがうことを明らかにした.また,ノード数の増加とともに情報共有時間の 平均値や分散が発散する状態から有限の値をとる状態へある種の相転移が起こること,またべき指数が大きくなることを明らかにした.これらの結果は,一般に は情報共有に長い時間がかかる可能性は無視しえないが,ノード数が十分多くなると,情報共有時間が短くなると同時にばらつきも小さくなり,情報共有が効率 よく進むことを意味する.したがって,大勢の被災者や大量のセンサが存在する現実的な状況においては,蓄積搬送型通信は通信手段として有効であることを, 理論的な観点から明らかにしたと言える.現在は,ヒューマンモビリティに関する知見も考慮してより精密な性質の解明に取り組んでいる.
次に,「2. 蓄積搬送型通信の効率化」は,ノードの移動経路やノード同士の遭遇に関する特性を利用すること で,蓄積搬送型通信の効率的な制御法を設計することが目的である.そのために,これまで大きく二つの方向から研究開発を進めてきた.一つは,ノード同士の 遭遇時間間隔に関する情報から,ノード同士の出会いやすさを推定しておき,データを持つノードが他のノードに出会ったとき,そのノードが目的ノードと出会 いやすいか否かによってデータを実際に転送するか否かを決定するものである.目的ノードに出会いやすいノードのみにデータを転送するため,データのコピー 数が抑えられ,ストレージや電力消費量が少なくて済むと同時に,高い到達確率と短い到達時間が期待できる.このアイデアに基づき,最適停止理論を利用し て,理論的な性能保証ができるデータ転送ノード決定アルゴリズムを設計した.また,災害時に残存した通信ネットワークと車車間通信を組み合わせた通信方式 (Virtual Segment方式)の高度化も行った.これについては,開発した道路網トポロジ推定システムによって推定した,東日本大震災直後における実際の道路網ト ポロジを利用してシミュレーションを行った.その結果,東日本大震災時に,この通信方式を利用したシステムが使われた場合の情報流通効果が定量的に評価で き,有効性を示すことができた.現在は,ヒューマンモビリティに関する知見も考慮して,より高性能な通信方式の研究開発を行っている.
センサネットワークに関する研究
地震観測・土砂災害検知・津波検知・気象観測・農作物生育状況調査などにおいて,センサによる環境モニタリングにおいて,センサからの情報収集を行 うためのセンサネットワークの研究開発を行っている.環境モニタリングが必要な場所は劣通信環境であることが多い上,センシングや中継のためのエネルギー 供給にはバッテリや太陽電池などが用いられるため十分でないことが多い.このような環境におけるセンサネットワークの制御は容易ではなく,実用化のために は多くの研究課題が残っている.研究室では,実用化を意識したリアルな制約条件のもとでの制御法を研究開発している.
災害時における避難誘導に関する研究
災害時には,犠牲者を減らすためにも,避難所への迅速な避難誘導が重要である.しかし,災害時に様々な場所にいる人々が各々どのような経路で避難し たらよいかわかっているとは考えにくい.したがって,交通網の状況と避難所の位置,被災者数に応じて迅速に避難経路を決定しナビゲーションをするシステム が必要である.そのために,災害時に通常の通信が行えない状況である時,携帯端末同士の近距離通信機能(特にBluetooth)を利用して蓄積搬送型通 信を行うことにより,被災状況や混雑状況に関する情報共有を図りつつ,適切な避難場所への避難誘導を行うシステムを研究開発している.効率的な蓄積搬送型 通信の利用,道路網トポロジの推定方法,さらに避難誘導を最適化問題として扱って適切なアルゴリズムの設計を行った.このナビシステムの性能は,東日本大 震災直後の仙台市の推定道路網トポロジを利用してシミュレーションによって評価し,有効性を示すことができた.現在,アルゴリズムの高度化と,実用化に向 け,スマートフォンアプリを含むシステムの研究開発を進めている.
情報通信ネットワークに関する研究
今や必要不可欠なインフラとなった情報通信ネットワークは,膨大な高度技術の集積によって成り立っている.研究室では,情報通信ネットワークの設計・制御・性能評価に関して広範囲に様々な技術の研究開発を行っている.
インターネットの設計に関する研究
情報通信ネットワークは,需要状況に応じて,コストを抑制しつつ必要な信頼性や通信品質を満たすものとして設計されなければならない.しかし,イン ターネット時代では,考慮すべき制約条件や目的が多種多様なものとなっており,新たな設計問題が次から次へと現れている.情報通信ネットワークを適切に設 計するためには,様々な最適化問題を扱う必要がある.これらは統一的な方法で解くことはできず,個別に高性能なアルゴリズムを考えなければならない.研究 室では,設計問題の適切な定式化,その数理的な性質の解明,高性能アルゴリズムの設計と性能評価を通して,実際のネットワーク設計に適用できる設計法につ いて研究開発している.
インターネットの制御に関する研究
インターネットの世界では,次々に多様なアプリケーションやサービスが現れては,それぞれがネットワークに多大な影響を与える.これらに対応して必 要な通信品質を維持するためには,適切なネットワーク制御法が必要である.研究室では,最近は特に,動画サイトをはじめ,一般に普及しつつあるコンテンツ 配信サービスを支える制御技術を扱っている.特に,P2P(Peer-to-Peer)通信の技術基盤の一つである,IPネットワーク上に仮想的に構成さ れるオーバーレイネットワーク制御や,コンテンツのキャッシュ位置を考慮しながら上位レイヤでルーティングする,コンテンツ指向ネットワーク制御について 研究開発している.
インターネットの性能評価に関する研究
インターネット上を流れるデータは膨大であり,その状況をすべてモニタリングすることは非現実的である.しかし,通信品質を高めるためには,ネット ワーク の状況を把握することが必要不可欠である.研究室では,サンプリングという方法によって,データの一部分から全体の状況を推定する方法について研究開発 している.
最適化とアルゴリズムに関する研究
効率的なアルゴリズムとデータ構造は,高速な情報処理を実現するためには必要不可欠であり,コンピュータの計算速度の向上の恩恵を十分に引き出す鍵 とも なっている.良いアルゴリズムを設計するためには,問題に内在する数学的構造を巧みに利用することが重要である.現実の様々な問題をモデル化・定式化し, その構造を数理的に解析する研究に加えて,実際に役に立つソリューションを与える研究開発も行っている.なお,他のすべての研究においても最適化とアルゴ リズムは必須であり,またここで挙げたトピックは他の研究とも密接に関連しているため,切り分けることは困難ではあるが,ここでは独立性が比較的高いト ピックを挙げる.
ピアノ演奏コンピュータグラフィクスアニメーションの制作
これは,これまで不可能であった,ピアノ演奏中のピアニストの手指の動きのアニメ制作を可能とする技術に関するものである.一つは,楽譜を入力デー タとし,最適化理論・逆運動学・解剖学の知見に基づいて運指および手指の挙動を決定するものであり,もう一つは,モーションキャプチャによって取得したピ アニストの演奏時の手指の動きからCGを制作するものである.前者については,これまで効率的なアルゴリズムを設計・実装してプロトタイプを開発した.後 者については,ピアノ演奏時の手指の動きが速いこととカメラの死角が不可避であることから欠落・誤認識が極めて多く,これまではモーションキャプチャを用 いてもピアノ演奏CGアニメ制作は不可能であったが,動きの滑らかさを最適化する補正アルゴリズムを設計したことにより,元の動きを再現する技術を開発し た.実際にこれを用いて,TVアニメとして放映された「のだめカンタービレ(巴里編第10話以降・フィナーレ編は全編)」におけるピアノ演奏シーンをすべ て制作した.現在は,よりリアルな演奏シーン生成のための研究開発をはじめ,ピアノ以外の楽器演奏CG生成などの研究開発を行っている.
災害時物流・道路復旧計画
災害時における物流はもちろんのこと,物流や移動運搬能力早期回復のための損壊道路早期復旧計画(限られたリソースを配分するための損壊道路復旧優 先順位決定)は極めて重要である.研究室では,蓄積搬送型通信によって収集された情報に基づいた,避難所への効率的な物資配送経路決定と,物資配送のさら なる効率化のための道路復旧順序決定に関し,これらを最適化問題として定式化して有効なアルゴリズムを設計している.これまでに,東日本大震災直後の道路 網トポロジの変化と比較し,実際にとられた復旧計画よりも有効な施策をとりうることを示した.現在はさらなる効率化のためのアルゴリズム設計と,実用化に 向けたシステム化を研究している.
マルチカーエレベータ運行制御
超高層ビル内における移動においては,ビルが巨大になるほど移動量が増えるにも関わらず,移動手段のためのスペースは抑えなければならないという厳 しい制約がある.これを解決するための一つの方法として,一つのシャフト内に複数のカゴを収容したマルチカーエレベータが開発されている.マルチカーエレ ベータの効率的な制御法の研究を行っている.
グラフ理論,複雑ネットワーク理論に関する研究
点および点の間を結ぶ線分で構成されるシンプルな図形であるグラフというものの数理的な性質について研究している.グラフとは,点の集合と,点と点 をつなぐ線分(辺と言う)から構成される図形のことを指す.一般的にはネットワークとも呼ばれる.定義は単純であるが,情報科学の諸問題のみならず現実の 様々な問題やシステムをモデル化できる高い能力を持つため,強力なツールとして広く使われている.一方,数学的にも興味深い性質を豊富に含んでいる.この ような魅力的なグラフについて研究して いる. グラフによってモデル化できる代表的なものとして,WWWにおけるハイパーリンクで繋がれたドキュメント全体の構造や,インターネットの接続構造,交友関 係の構造など,多くの領域に見られるネットワーク構造がある.これら現実の大規模ネットワーク(複雑ネットワーク)は特徴的な性質を共通して持つことが多 い.その背景にひそむ原理を見出し,現象を解析すること,さらにそれらを利用して制御や設計などに応用することなどについて研究している.この ような興味深い複雑ネットワークに対して,グラフ理論のみならず,確率論など様々な理論を駆使して取り組んでいる.
スケールフリーネットワークモデルの設計
インターネットや人間関係ネットワークなど様々な現実のネットワークには,次数分布がべき乗側にしたがうスケールフリー性や平均点間距離が小さいと いうスモールワールド性などの性質がみられる.これらの性質が現れるネットワーク生成モデルの研究が近年活発となっている.それらの多くは優先的選択と成 長という2つの原理に基づくモデルであるが,これらとはまったく異なる原理に基づく閾値モデルというものを提案した.これは,各ノードが固有の値を持って おり,2つのノードの値の和がある閾値を超えたときのみリンクで結ばれるというシンプルなモデルを基本とする.ノードの持つ値は確率的に決まるとするが, 現実的なほぼすべての確率分布が持つある種の条件を満たすならば,スケールフリー性などの性質が現れることを理論的に示した.また,2つのノードの値の和 以外の様々な関数でも同様の性質が得られることも示した.これは,現実的なネットワークの生成原理として,本質的に新しいものを発見したことを意味する.
ヒューマンモビリティに関する研究
人間同士の出会いはランダムではなく,相手ごとに出会う回数や時間間隔には大きな偏りがある.また,移動もランダムウォークではない移動経路や遭遇 パターンに関する性質を解明することが目的である.そのために,実データを収集するためのスマートフォンアプリの開発・システム構築とデータ収集実験の実 施とともに,それらの結果を説明する理論の構築も行う. これまでに,測定機能を追加したスマートフォンアプリを開発して多くの被験者に保持してもらい,1年以上の長期間にわたってデータを収集し分析している. その結果,すれ違い頻度分布(出会った回数の分布)がべき乗則にしたがうことを新たに発見した.さらに,この観測結果と整合性を保つためには「拠点」の存 在が必要であることを明らかにした.そのために,拠点を考慮したホームシックレヴィウォークモデルを新たに提案し,観測結果と整合性を保つことを理論的に 示した. 移動履歴が得られたとき,モデルパラメータの推定によって,将来の移動経路の予測が可能となるため,出会ったノードへデータ転送をするか否かの決定がより 高い精度で行えるようになり,蓄積搬送型通信の効率化のために利用できる.
実データ収集のためのアプリ開発と収集実験
測定機能を追加したスマートフォンアプリの開発と,被験者に保持してもらってデータを収集し分析している. 人間の移動・遭遇特性に関する研究 人間の移動・遭遇特性を表すためのヒューマンモビリティモデルを設計し,それを用いた移動経路特性推定に関する研究を行っている.
その他
複雑ネットワーク解析描画システムの研究開発
現実の大規模ネットワークの様々な特性を高速に解析し,様々な方法で見やすく描画する.その上でのシミュレーションを実行するための統合システムの研究開発している.
Webナビゲーションシステムの研究開発
Webページを閲覧する際,各種データを解析した結果に基づいて適切なナビゲーションを行うシステムを研究開発している.